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さよ朝二回目!!

昨日言いまくっていた「さよならの朝に約束の花をかざろう」

もう一回観てきました!

今度は旦那と!(*´ω`*)
相変わらず観客の入りが少ないが、振り向くと高確率で全員すすり泣いてるので(笑)、やっぱり素敵なお話なんだなと思いました。


また、二回見ることで改めてわかることもあり…


昨日私はヒビオルの事を「日々を綴った布」と説明しましたが、作品のなかではこうも言っていました。

去っていった仲間達の記憶が織られたヒビオル。
その中にいる仲間達が、悲しいときでも共に泣いてくれる。
ヒビオルを織り続ける限り、私たちは一人ぼっちにならない。

作品の中では、ヒビオルはただのそういった歴史や毎日を綴るものではなく、主人公たちにとっての「いつも一緒にいてくれる」大切な記憶なんですね。



マキアがエリアルと出会い

「私のヒビオルです」

と言ったこと。


エリアルの子供が生まれ、エリアルと出会った時と同じように指をぎゅっと握られた時の、マキアの反応。



エリアルに

「エアアルは約束を破ってなかった。遠くにいても私を守ってくれた」

と言ったこと。
(拉致後、エリアルの織ったヒビオルをずっと大切にしてたよね)



最後、

「エリアルのヒビオルは続く」

と言ったこと。



イオルフをなくし、長老のいっていた「そばにいてくれるヒビオル」もなくし、一人ぼっちになったマキアは、エリアルを「そばに居てくれる」ヒビオルだといいます。

そのエリアルがいつか先に逝ってしまえば、長老のいっていた「ほんとの一人ぼっちになってしまう」と恐れていたと思います。
でもエリアルの赤ちゃんに「繋がっていく命」に気付かされ…

エリアル自身がマキアのヒビオルなのではなく、知らないうちにマキアのヒビオルにたくさんエリアルとの記憶がちゃんといて。
一緒に過ごした時間や思い出全てが、いつでもどんな時にでもマキアに寄り添ってくれるヒビオルなのだと。

最後の走馬灯はそれを彷彿させました。
まるでマキアに寄り添って『なんだよ、泣くなよ』てエリアルが笑っているよう。


そして、

「大丈夫。忘れないから」
「辛くて苦しくて、でもこんな美しい世界、忘れられるはずがない」

長寿の民にとって時が経過することは辛いこともあるけれど、だからこそ大切で美しいのだと。

そしてマキアのヒビオルにエリアルがいる限り、エリアルのヒビオルは続くのだと、いうことなのかな?



書いてるうちによく分からなくなってきた



高校生の頃、恩師が、人は亡くなっても、生きる人がその人を忘れない限り「生きる」のだと言ってました。

そういうのも、「エリアルのヒビオルは続く」に当たるのかもしれないですね。


ファンタジーでありながら、私たちのリアルにとても近い、色々大事なことを考えさせる物語でした…


他ではロングランしてるところもあるようですが、残念ながらド田舎の静岡は明日がラスト上映です。

少しでも興味がある方、ぜひ、行ってみてください…!!!

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by monana-natsuki | 2018-03-28 22:14 | 漫画・アニメ | Trackback | Comments(0)

私のヒビオル

最後の更新2012年!!わお!!!


どうも6年ぶりです元気に生きてますよ…!!!!
Twitterに手を出し始めたり、演劇活動が続いたり、結婚したり、ガラケでいよいよネットから弾き出されるようになったりで、なかなかログインもできずそんな大変な時間が過ぎてしまいました…
因みに一年前、スマホに変えましたやっと(どやぁ)

しかしここでブログを開いたのは、なんとなく暇になったからではなく、思うところがありまして。


んまぁ、あれです、リアルでもほんの一部にしか言ってないですが。

昨年、弟が亡くなりまして。
これから新入社員って時で、あとは卒論だねって、卒業目前だったんですけどねぇ。

いざ居なくなってしまうと、生まれてからずっと長い付き合いだと思ってたはずなのにぜんぜん、20年少しの間しか彼を知らなかったのだなと、彼をさっぱり知らないことに気づいたのです。
まだまだこれから、親になって、じじばばになってって50年以上付き合っていくはずの姉弟という腐れ縁でしたのに。
考えてみりゃ家で一緒にいるくらいで、どっか一緒に遊びにいったり、飲み屋を巡ったりなんてこと何もしてないんです。
友達とは飽きるほどやっているのに。
なんでやらなかったんでしょうね。

その上弟は日記とか、まぁ私なら演劇とかね?何か「あぁこいつは生きてたな」てものを残すような柄でもなかったのです。
ブログもないし、Twitterとかそういうのもしない。

強いていえばラインだけれども、ちょいとしたトラブルでiPhoneもロックされてしまい、彼が撮った写真とかですら半永久的に抜き出せない状態になっております。


iPhoneて、パスワード解除に失敗してロックしちゃうと、初期化するしか手段がないんですよ。もうどんなに頑張っても取り出せない。
iPhoneの開発者ですら不可能と言われていて、そんなんリスキーや!って海外ではiPhone人気ないんだって。日本くらいらしいですよ?
使っていてもそれを知ってるからパスワード掛けないんだって、知り合いの外国人がいっておりました。

iPhoneになんとなくでパスワードかけてる人、もし何かあった時用に必ず分かるところにパスワードを残すか、まめにパソコンにバックアップするか、パスワード設定を解除してください。
見られたくないこともあるかもしれませんが、今やスマホはその人のささいな毎日を記す思い出の塊のようなものですから、何かあった時、スマホが開けないなんてなったら遺族は本当辛いです。
写真や動画、メモとかもろもろ、もう何でもいいからそういったものにすがりたいのです。
確かに昨日までいた証がほしいんですよ。探しまくるんです。


私も何ヵ月か、そこらじゅう漁って面影を探していました。
近すぎて、本当、ささいなやりとりや思い出がぱっと思い出せないんですよ。
だからそのささいな事や思い出を、引っ張り出してくれるアイテムがほしくてほしくてたまらなくて、悪いとは思いつつも故人の机回りを覗いてしまうんです。
ちゃんと見た後は戻しますよ?そのままにまだしておきたいですから…


まぁ。
だから、ですかね。
私も私のささいな日々を面倒くさがらずちゃんと残そうと思いました。

今このブログを見返すと、こんなことあったな、そんな風に思ってたな、と自分の事ながら面白いです。

だから何十年もあとになって、当時の自分を思い出して楽しめるきっかけ作りのアイテムとして、また、もし自分に何かあった時に、恥ずかしいことでも燃やしたい黒歴史でも(笑)残った家族に楽しんでもらえるように、残しとくべきだなーと思いました。



そしてこれが一番の、ブログに戻ってきたきっかけ。
というか本日のブログの本題。



ついこの間ようちゃんとたかと観に行った「さよならの朝に約束の花をかざろう」を映画館で観てきました。


時の流れの違う人間の虚しさや、だからこそ美しいと思う成長や、変化しながら輝いていく家族愛や、一人一人の台詞が頭に残る、涙なしで語れないとても素敵な物語でした。
背景もとてもきれいで、なんでこんなにすごい作品なのにCMもやらなければ上演会場も少なく、年齢制限もないのに夜にしかやらないんだ!!とフガフガしてます(笑)

その主人公の一族が数百年と長い時を若い姿のまま生きる「別れの一族」と呼ばれていまして、毎日を布に織り綴っていく(ヒビオル)暮らしをしているのですが、現実に置き換えるとこれもヒビオルなのかなと思います。
何気ない日々を、自分のヒビオルに綴っていく。

生きる限り、故人のヒビオルも綴られていくんですって。
忘れないってことでしょうかね?

なんか突然宣伝みたいになりますが、さよ朝おすすめです。観て


個人的には同じ監督(作だっけ?)で話題性のあったここ叫より何十倍も、ストーリー性も美術も設定も全部好きです。
私のように、身近な人を亡くした人にはちょっと辛いシーンもありますが、最終的には、亡くしたからこそ観て救われたな、よかったなと思いました。
だから観て。(大事なことだから二回言った)


ということで、ちょいちょい私のヒビオルをここに綴っていこうと思います。

最近めっきり絵は描かないので、絵の出現率は皆無ですが、文は書いていきたいなと思ってます!
サイトの更新もぜんぜんだから、いっそここにまとめちゃおうかなー(´・ω・`)

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by monana-natsuki | 2018-03-27 20:41 | 漫画・アニメ | Trackback | Comments(0)

演劇・アニメ漫画好き。絵描いたり文書いたり動画作ったり歌ったり。twitterが主な生息地ですがこちらも復活していきたい所存。


by 夏稀モナナ